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第一回目では亀之丞が誘拐されるように連れ去られるところで話は終わった。だがこれは誘拐されたのではなく、亀之丞の身を守ろうとした井伊家の者・今村藤七郎と、龍潭寺の和尚の共謀によるものだった。第二話は、その亀之丞をとわが追い見つける場面から始まっていく。

連れ去られた際、亀之丞は大切は笛を落としてしまっていた。この笛は「青葉の笛」と呼ばれており、亀之丞が10年間の隠遁生活ののち、井伊谷に無事戻れるように、そして前途が開けるようにと参拝した寺野八幡社に奉納された笛だ。

青葉の笛を吹く亀之丞の姿を描いた絵画が高森町歴史民俗資料館に残されている。その絵は平成21年に90歳で亡くなった伊藤信次という日展画家による作品となる。ちなみに高森町歴史民俗資料館には青葉の笛の模造品も展示されている。

第一回目ではとわと亀之丞が許嫁になる場面が描かれたが、第二回目ではそれが早くも今川義元により覆され、今度は小野政直の子・鶴松と新たに許嫁になるよう命じられた。だがこれをとわは頑なに拒否する。

史実ではこの頃の井伊家には跡取りとなる男児がおらず、そのため亀之丞が井伊家に婿入りすることになった。だがそれに対し強く反対していたのが小野政直だった。亀之丞の父親である井伊直満(井伊家重臣)を謀反の讒言により謀殺させた張本人だ。小野政直は自らの長子こそが井伊家を継ぐに相応しく、そしてそれにより井伊家を乗っ取ろうと画策していた。つまり亀之丞は、小野政直の魔の手から守るために隠遁させられたのだった。

この時代の恋愛事情は当然現代とはまったく異なる。戦略結婚により婚姻や離縁を繰り返すケースもあるが、それ以上に最初の許嫁との仲を、特に女性側は大切に考えていた。例えば織田信忠と松姫のケースはその好例だ。とわの場合も、鶴松が嫌いで結婚を拒んだわけではなく、あくまでも自分の結婚相手は亀之丞ただ一人という、一途な気持ちあってこそのものだった。

なお第二回目では、今度はとわが身代金目当ての人質にされる場面が描かれているが、これはフィクションであり、史実として残されている話ではない。しかし初回では亀之丞が、第二回目ではとわがこのような目に遭うという展開は、視聴者に程よい緊張感を与えてくれる流石の脚本だったのではないだろうか。

亀之丞に話を戻すと、実際に隠遁させ亀之丞を守り続けたのは今村藤七郎という、謀殺された井伊直満の家老だった。隠遁生活をしている間はとにかく質素な暮らしが続いたわけだが、それでも元旦くらいは少し正月らしくしようと、藤七郎は吸い物を作り亀之丞の心と体を温めた。

今村藤七郎は本能寺の変があった天正10年(1582年)まで生きたのだが、隠遁生活から戻った後は井伊本家の家臣として召し抱えられた。そして以降、元旦に吸い物を作り亀之丞を守り抜いたことを吉例として語られ、元旦の朝の給仕だけは毎年今村家が務めるようになったと言う。