上杉謙信,勝率


戦国最強と謳われた上杉謙信は実際にはどれだけ強かったのか?!

分類 上杉家
この巻の主な内容

  • 戦国最強の大名上杉謙信は、実際にはどれだけ強かったのか?!
  • 上杉謙信ほど地の利を得られない遠征を多く戦った大名はいない?!
  • 上杉謙信を最も評価すべきは戦よりも商いだった?!


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上杉謙信は戦国最強の大名だと言われている。自ら毘沙門天の化身を名乗り、義のための戦いを生涯続けた。戦場では軍神と化すその迫力、一騎打ちでは絶対的な強さを見せた姿は、確かに戦国最強の大名だと言えるかもしれない。しかし戦そのもの戦績を見返していくと、その勝率は決して高くはないのである。


上杉謙信は大名として生涯で100回を超える戦を経験しているのだが、その勝率は6割程度なのである。だが4割負けているというわけではなく、4割近くは引き分けに終わっているのだ。反面最も高い勝率を誇る毛利元就は8割を優に超え、戦の回数は謙信よりも20ほど少ないのだが、引き分けの数は謙信の1/3にも満たない。つまり負けも引き分けも少ないということだ。戦の勝率だけで見るならば、毛利元就を戦国最強と言うことができる。

だが上杉謙信の場合、他の大名が参戦しないような戦も戦っていた。義のための戦いだ。謙信は誰かに助けを求められると、それを決して断ることをしなかった。救援に出るとほとんど確実に勝って帰ってくるのだが、しかし謙信が去るとまた戦が再開されてしまう。そしてまた救援に向かう。上杉氏の関東遠征などはまさにその繰り返しだった。

上杉謙信が最も優れていたのは、負けない戦い方ではないだろうか。遠征を多く戦った謙信ではあるが、しかし決して無謀な戦いに挑むことはなかった。引き際を心得ており、義を果たしたと判断すると決して敵を深追いすることなく、すぐ越後に帰還していった。そのような判断力もあり、謙信は生涯で8回しか負け戦を経験していない。

最強と謳われる謙信の勝率は上述の通り6割程度なのだが、これは戦国大名としては10位くらいの戦績となる。だが謙信の場合、武田信玄と北条氏康との戦いが続いた時期があり、この3人に関してはそれぞれがそれぞれの勝率を下げる戦いを行っていた。そのため武田信玄にしても北条氏康にしても、勝率は謙信よりも少し上を行く程度とそれほど高くはない。

謙信の場合、実は戦よりも商才を高く評価すべきかもしれない。越後は海に面していたため、湊を使った貿易や商いによって資金力を高めていた。さらには武田信玄が塩を入手できずに苦しんでいると、すぐさま甲斐に塩商人を送り込み高値で塩を売らせた。「敵に塩を送る」の美談の元となった話だ。

通常、謙信ほど多くの遠征をしていては兵はすぐに疲弊してしまう。しかし資金力があったからこそいつでも武具を揃えることができ、兵にもしっかりと兵糧を分け与えることができた。だからこそ他の大名家よりも遥かに多く遠征を戦っているにもかかわらず、6割もの勝率を残しているのだろう。

地の利を得にくい遠征が多かったという意味では、それで6割の勝率を残しているのだから戦国最強と言っても良いのかもしれない。特に関東への遠征は、戦場にたどり着くまでに兵は多少なりとも疲れてしまう。その疲れた兵を駆使しての通算6割なのだから、やはり上杉謙信の統率力は並外れたものがあったのだろう。

平成29年02月07日 公開

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