竹中半兵衛,安藤範俊,斎藤龍興,斎藤秀成,織田信長


竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取り事件簿 後篇

分類 斎藤家 / 稲葉山城乗っ取り事件 / 軍師竹中半兵衛
この巻の主な内容


saito.gif2月6日になると竹中半兵衛と16人の家臣たちは、長持に隠し持っていた武具を次々纏っていく。この日は夜風が冷たい静かな夜だった。半兵衛は城内を散歩しながら、ようやく二の丸付近で探していた人物を見つける。斎藤飛騨守秀成だ。

遭遇するなりまた威丈高に物言う飛騨守を、半兵衛は一瞬のうちに切り捨てた。実はこの夜の夜警が斎藤飛騨守であることを、半兵衛はあらかじめ知っていた。この2月、斎藤飛騨守は1〜6日の夜警を担当していた。だからこそ半兵衛は夜警最終日であるこの日に稲葉山城を乗っ取ることにしたのだった。

斎藤飛騨守を切り捨てると、半兵衛は家臣たちに「竹中の兵が大勢城内に攻め込んできた」と城内で吹聴させて回った。すると城内は大混乱に陥り、着の身着のまま城を逃げ出す者が続出し、城を守ろうとする者はほとんどいなかった。斎藤龍興も側近である長井新八郎と新五郎兄弟に支えられ、状況を把握できないまま城を捨て逃げ出すという有様だった。

龍興が城を捨てたことでこのクーデターは完了し、稲葉山城は竹中半兵衛の手中に収まった。なおこの時、半兵衛の舅である安藤伊賀守範俊がもしもの時のため城下で待機していたようだ。数日前に事を起こすことは伝えられていたが、まさか成功させるとは夢にも思っていなかったのだ。だが16人の手勢のみで一夜にして城を落として見せたことで、範俊はあらためて「この男に娘を嫁がせて正解だった」と思うのだった。

半兵衛による稲葉山城乗っ取り事件は、瞬く間に美濃周辺へと広がっていった。これに最も驚いたのは尾張の織田信長だ。信長は4年かけて稲葉山城を攻めていたが、未だ落とせる気配さえ見えていない。それを竹中半兵衛という19歳の若者が、たった16人の手勢だけで一夜にして落としてしまったのだ。

信長はすぐに半兵衛に使者を送った。そして稲葉山城を織田に明け渡せば、美濃国の半分を与えるという好条件を提示した。だが半兵衛にその提案を受けるつもりはない。そもそも半兵衛は謀反を起こしたのではなく、愚将の主斎藤龍興を諌めるために城を乗っ取っただけなのだ。それを信長に明け渡し、逆臣の汚名を背負うつもりは半兵衛にはさらさらなかった。

しかし半兵衛は信長に対しすぐに回答しようとしない。その理由は信長の使者が頻繁に半兵衛を訪ねているという噂を、龍興の耳に入れるためだ。その噂を聞きつけると龍興は案の定慌て、自ら半兵衛に頭を下げ城の返還を求めた。すると半兵衛は、今回の稲葉山城乗っ取りに関わったすべての者の責任を問わないということを条件に、あっさりと城を明け渡した。そして自らは家督を弟重矩に譲り、自らは晴耕雨読の隠遁生活へ入ったのだった。

この出来事以来、竹中半兵衛は「今楠木(現代の楠木正成)」と称されるようになった。



平成29年02月07日 公開

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