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おんな城主直虎 第3回目・崖っぷちの姫おとわ危機一髪の史実とフィクション

分類 おんな城主直虎 / 井伊家 / 井伊直虎 / 今川家
この巻の主な内容

  • とわが出家した理由は人質の回避ではなく、貞節を守るためだった?!
  • 南渓和尚とは、とわの曽祖父・井伊直平の弟で常に直虎の味方だった
  • 瀬名とはのちの築山殿で、徳川家康の性質になる人物


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NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』の第3回目では、幼少期の直虎、とわが出家するまでのいざこざが描かれている。とわはその後出家し次郎法師と名乗ることになるわけだが、大河ドラマでは今川家に人質として送られることを回避するために出家の道を選んだというように描かれている。だがこれはフィクションなのだろう。恐らくとわが今川家の人質にされそうになったという史料は存在していないはずだ。


ドラマ内で井伊家から先立って人質に出されていた佐名という人物が登場するが、佐名という名前はドラマ内での創作だとは思うが、実在した人物であり、ドラマ内での設定の通り井伊直平(直虎の曽祖父)の娘となる。佐名はのちに今川義元の養女となり、今川家の重臣である関口親永に嫁ぐことになる。

佐名について、とわの乳母であるたけが「佐名は太守様(今川義元)のお手つきとなった」と語る場面がある。お手つきとは現代で言えば愛人のようなものだ。主人が侍女や女中らと性的関係を持つことであり、側室のように正式な妾というわけではない。そのため正室や側室のような待遇は受けられず、主人が飽きてしまえばそれまでの関係となってしまう。

つまり佐名は、今川義元に遊ばれるだけ遊ばれたのちに捨てられた、ということだ。だがこれもあくまでもドラマ内での設定であり、史料として残っているわけではない。そもそもお手つきとして捨てた女を、のちのち養女として迎え入れることも考えにくい。この点に関しては、フィションが過ぎるのかなと筆者は感じてしまった。

さて、とわに話を戻すと、史実としては今川家への人質になることを回避するためではなく、どうやら亀之丞への貞節を守るために出家したのではないかと、一部の史家たちは考えているようだ。確かに仮に人質ということになれば、名前は残らずとも「井伊家の女が今川家の人質となった」という史料は、佐名のケースのように残るはずだ。だがそれがないということは、人質にされそうになったということはなかったのかもしれない。

そもそも大名の命により人質にされそうになり、それが蹴鞠の勝負により覆されることはまず考えられない。蹴鞠に関する場面も、40話以上に及ぶ大河ドラマのために書き下ろされた創作となる。

なおドラマ内で重要な役どころとなっている龍潭寺の南渓和尚とは、井伊直平の弟(養子で父母は不明)となる。そのために井伊家との結びつきが強く、常に直虎を支えてくれる存在となっていく。とわを尼僧ではなく男性同様に僧として出家させるという助言をしたのも南渓和尚であるようだ。

尼僧から還俗した事例はこの頃にはほとんどなかったが、層として出家し、その後還俗して戦国時代で活躍した人物は大勢いる。例えば今川義元や上杉謙信らがその好例だ。南渓和尚は、万が一井伊家に何かが起きた時は次郎法師を還俗させられるようにと、尼僧ではなく僧としてとわを出家させたというのが史実となる。

ちなみに第3回目では菜々緒さん演じる瀬名という女性も登場するのだが、瀬名とは後の築山殿であり徳川家康の正妻だ。この回では今川義元の嫡男、龍王丸(のちの今川氏真)の正室になることに躍起になっているように描かれているが、しかし瀬名が龍王丸に嫁ぐことはなく、代わりに当時はまだ三河の田舎侍であったのちの徳川家康、松平元康に嫁ぐことになる。

井伊直虎に関する史料というのはとにかく少なく、史実だけで小説を書くことは不可能なほどだ。そのため大河ドラマでも多くのフィションが巧みに盛り込まれている。今後どのようなフィションで、視聴者を小説感覚で楽しませてくれるのか、それも今年の大河ドラマの醍醐味の一つとなるのではないだろうか。

平成29年02月07日 公開

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